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介護というまやかしの言葉。

人が辞めるには理由がある

ちょっと前に出てた従業員が全員辞めちゃった老人ホーム

コロナ禍で看護師が大量に辞めちゃった某病院とか、ここ最近福祉関係の話題に事欠かない。

単純に人が辞めるというのは不平不満があるからに他ならないからで、それが原因で人をつなぎ留められない法人側にも問題がある。被雇用者の意見だけど。

不満がなけりゃ辞める理由はない。就業時間が長い、休みが取れない、残業が多い、賃金が見合わないなどなど、おおよそ自身がやっている仕事量に対するリターンが少ないのが問題。
企業側は雇ったらこっちのもんだとこき使うけど、こうした社員を大切にしない会社って淘汰されたらいいのにと思う。

医療・介護法人のトップはみんなデブ

特に過重労働である介護業界で労働者の賃金がほぼ横並びで安く設定されているという状況は、経営者側の甘えがそこに見える。

単純に考えれば、介護のどこにも生産性など存在しない。「生産性向上」とか言う経営者もいるけれど、頭の中を覗いてみたくなる。すっからかんなんだろうけど。

介護は、自身の意思すらも満足に自分でコントロールできないような高齢者を、家族に代わって面倒見るだけの仕事だ。排泄物の始末、風呂の世話、服を着せる・脱がす、歯を磨く、顔を洗う etc...まだ子どもなら将来に対する「投資」と考えられもしようが、その先に将来など存在しない老人の世話のどこに「生産性」という文字がついて回るのか理解しがたい。

余談だけど、ベンジャミンバトンはこれを揶揄して作られた映画なのかいね。

「今まで日本を支えてきた世代だから」とか言うけれど、輝かしい70年代80年代を構築したのは戦後の世代だ。間違っても団塊の世代が創りあげたものではない。挙句の果てにその団塊の世代が後期高齢者となり、社会保障費を圧迫して日本を沈没させようとしている。なんなのこれ。

そして世話をしなければという子の想いは、残念ながらただの情だ。情はあるけれど自分で面倒をみられないorみたくないという層が老人ホームに親を入居させている。
中にはやんごとなき事情で入居させる人もいるだろうけれど、「入居させるにあたり贖罪の意識を少しでも緩和させたい」という気持ちを持った時点で、それはもう欺瞞に他ならない。

そうして入居する老人ホームには、入居する人数に対して国から介護報酬などもろもろが入ってくる。要は100人なら100人分のお金しか会社には入ってこないわけだ。
その上で「加算」というものを取っていくわけだけれど、それにしたって限界がある。

普通の何らかの物を作ったりサービスを提供したりして対価を得る「生産性のある会社」ならば、頑張った分だけ儲かる。でも介護はそうはならない。1年で100万円国からお金がもらえたとして、次の年も、その次の年も100万円から変わることはない。むしろ介護報酬改定で下がることすらある。だってなんにも生産してないから。

じゃあ介護の会社がもっと儲けようと思ったらどうするか? 新しい施設を作って入居人数を増やして報酬を増やすしかない。
でも介護士一人に対して何人の老人を面倒見なけりゃならないのか法律で決まっているから、施設を増やせば増やすだけ人を雇わざるを得ない。雇った分だけ出費も増える。雇わなきゃいけないけど、生産性もなくて昇給もなくて労働だけ過酷な仕事など誰もやりたくない。なんで好き好んで老人のウンコの始末せにゃならんのじゃ。

結果としてサービス提供が追い付かずに、いずれ破綻の道を辿るのだ。破綻を避けるには今の倍額の入居金とランニングコストが必要になるだろう。

これらは第三者目線的であり、売り上げに伸びしろがないのだから、介護業界など儲からないと映るけれど、介護関係に手を出してる企業・法人のトップ界隈の羽振りの良さを考えると、はてさてどういうカラクリなんでしょうね。
どこのトップも肥え太り、何百万・何千万もする車をブイブイ乗り回せるのはどういう了見なんですかね?
その腹についた脂肪の肥やしになる料亭で食べるごはん、成金趣味全開のレクサス、それらに費やす金を、従業員にいくらかでも還元しようという考えがないのが、医療・介護業界。

やろうと思えば賃金を上げられるはずなのに、被雇用者を食い物にして贅の限りを尽くしている限り、介護業界に未来など存在しない。否、存在してはいけない。

ナースコールという言葉の罠

かような業界から辞める労働者は枚挙に暇がないが、施設を運営する基準は決められているから、最低限のサービスの質は担保されている。

人員基準を割っている施設は多いが、実地調査の時だけいい子しておけば当局の介護課はなにも言わない。管理者の名義貸しとかあちこちでやってるのにね。介護業界の会社なんざそのレベルのクセにどの口がコンプライアンスがどうとか言えたもんだ。
抜き打ちで調査したら面白いことになるだろうけど、厚労省は許可しないだろう。介護業界の破綻につながるから。

そういうこともあり、抜けた人の穴を残りの人間で埋めなけりゃならないけれど、前述した通り重労働につき満足に埋まらない。なまじ民間の介護事業者であれば、同業他社との競争の兼ね合いからプラスαの付加価値が必要になり=従業員の負担増となる。

加えて、ナースコールの扱いは喫緊で解決しなければならない問題だろう。ほんと、申し訳ないけどくっだらない理由でナースコールを鳴らす老人が多い。
「トイレに行きたい」はまだ分かる。でも「暗いから電気つけて」とか、「服を取って欲しい」とか、ある程度自立できている老人がそんなくだらない理由でナースコールを鳴らす。

ナースコールが鳴らされるというのは人的リソースを割かざるを得ないということだけれど、そんなことでリソースを割く(負担増)なと思う。従業員は小間使いじゃねぇんだ、自分でやれ。

そうしたことが重なるとわざとナースコールの電源を切ったりすることも出てくるわけで、前述した老人ホームの「ナースコールに不具合があった」という話も本当かどうか確認しなければならない。
これが原因で虐待とかに発展することが多いのだから、老人側も自重するところはしなければならんだろう。

そこを押して「私たちの世代がお前らを作った」とか抜かすようであれば、本当に介護保険制度というものの根本的な見直しを考えていいと思う。
わがまま放題、自分たちだけよければそれでよいという考えの世代に対して何をためらう必要があるのだろう。

一度「政党名がいいから」という理由で比例に投票した老人を見たことがあるが、考える力すらないのなら退場されてはいかがだろうか。迷惑こうむるのは若者だ。
もしくは、75歳で免許・選挙権返納にしたらよい。先々のない老人に金をじゃぶじゃぶ使ってなんの特になる。未来は若者のためにある言葉だ。

そうした考える力もなく、ただ生かすだけの介護施設は現代の姥捨て山に他ならない。無駄に延命できる分、現代の姥捨て山の方が質が悪い。
わがままな老人、疲弊する従業員、肥え太る経営者。「介護」なんざ上っ面だけのまやかしの言葉。現代日本の「弱者から搾取して強者が潤う」の縮図が介護。そろそろ一回リセットした方がいいんじゃないですかね。

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